N2毎日練習:内容理解中文四選
練習目的:比較的平易な内容の評論、解説、エッセイなど500字程度のテキストを読んで、因果関係や理由、概要や筆者の考え方などが理解できるかを問う
次の文章を読んで、 後の問いに対する答えとして、 最もよいものを 1・2・3・4 か ら一つ選びなさい。
(1)
以下は図書館で司書が子どもたちに本を読んで聞かせることについて書かれた文章 である。
読み聞かせの時には、まず子どもたちに表紙を見せます。 そして、 ゆっくりと書名と著者や画家の名前を読み上げます。 表紙をめくると、 見返し紙が出てきて、それは無地の色紙であったり、 または本の中身とかかわる絵があったりするのですが、それもゆっくりと見せます。 ここは、 その本の中身に入る前の気持ちの準備のためのページなのです。 それから扉のページがあって、 開けるとその本の世界が広がります。
つまり、すぐに本の中身に飛び込んでゆくのではなく、じっくりと本を見せて、 そのお話 の世界に子どもたちを案内する。 ただ子どもたちがおもしろがればいいのではなく、一人がその世界に入っていく、そうして自分で何かを感じ取る。 それが図書館でのお話し会なのです。
その時、語り手が主役ではありません。 著者が読者に伝えたいことを、その代わりになって伝える仕事ですから、大げさな身振りや声色よりも、 ごく自然な話し方と、それに伴う控えめな身振りで、著者の思いを伝えようとします。
(中略)
そこで、司書は、 読み聞かせやお話をする前に、その本を何度も読みこんで、この著者が何をいおうとするのかを考え、どこに間を入れたらよいのかを考えます。 それから練習に入り ます。 読み聞かせの場合も、本文をほとんど暗記するほどに読みこむことが必要とされています。 子どもと本とを結びつけるのには、そういう配慮と厳しい訓練が必要なのです。
57. 読み聞かせの前に、語り手は子どもたちに対してどんな工夫をしているか。
1 本の世界に入れるように、時間をかけて表紙から見せていく。
2 本の中身に飛び込めるように、
表紙と絵の多いページを見せる。
3 関心を高めるために、表紙を見せながら多くの情報を伝える。
4 自分で何かを感じ取れるように、表紙から自由にめくらせる。
58. 筆者によると、 本を読み聞かせるために語り手はどんな準備をしているか。
1 子どもが楽しみながら聞けるように、
子どもの興味を知る。
2 著者の思いが伝わるように、
声の強弱をつけて読む練習をする。
3 著者の思いを届けるために、
何度も読みこんで内容を理解し練習する。
4 著者が何をいおうとしているのかを考え、内容を言い換えられるようにする。
(2)
いま、ハーバードや MIT (マサチューセッツ工科大学)、あるいは日本の京都大学でも、 授業内容のインターネットでの公開を始めている。せっかく大学に入って授業料も支払っているのに、 その内容がインターネットで見られるというのは、どういうことだろう。
要するに、もはやそこで得られる知識や情報=コンテンツは世界共有になってし まったのだ。 かつては、東京に行かなければ得られない知識、 あるいはパリやニューヨークま で行かなければ得られない情報というものが確かにあった。 しかし、いまや(注 2)、どんな情 報も知識も、インターネットで簡単に手に入れること ができる。そのことを大前提にしつつ、それ でも「ここで、 共に、学ぶ」ことが重要な時代になってきたのだ。 もはや、学校の、少なくとも大 学以上の高等教育機関の存在価値は、新しい知識や情報を得る場所としてではなく、共に学 び、 議論し、 共同作業を行うという点だけになった。
だとするならば、大学側も、どのような学びの共同体をそこに実現するかを、きちんと公 表していかなければならない。 どんな学生に来て欲しいのかを示すと共に、どんな教職員がそ こにいて、そこにどのような「学び」 が実現するのかを、 はつきりと示していかなければならな い。
59 いまの大学について、筆者の考えに合うのはどれか。
授業内容の公開によって、
授業料を支払う意味がなくなった。
どこにいても学べるようになって、
大学を選ぶ必要がなくなった。
インターネットの発達で、
世界で同じレベルの教育ができるようになった。
インターネットの普及で、知識や情報を得る場所としての価値はなくなった。
60 大学について、 筆者が言いたいことは何か。
学生が求めている学びの共同体を実現するべきだ。
ほかでは得られない情報や知識を提供する必要がある。
学びの共同体として、
何ができるかを具体的に示す必要がある。
どのような学びの共同体を作るかを、学生自身にも考えさせるべきだ。
(3)
自分を見失わない(注 1)ためのコツとして、ぼくは「何でも正直に話をする」ように しています。
その場で波風(注 2)を立てずに、聞き心地 (注 3)がいいことだけを他人に言ってい たら、同じようなことを心の中で自分に対しても言うようになってしまいます。長期的に 見て、「本心(注 4)を口にしない」ことの悪影響は、非常に大きいのです。自分につい たウソは、気付かないうちにそれがウソか本当かもわからなくなる。自分を 慰 めるため に言っているのか、現実がそうなのか、区別がつかなくなります。これが怖いのです。
(中略)
自分にウソをつかないことのメリットはもう一つあります。「記憶のコスト」が低く なるということです。
その場の空気で調子を合わせていると、「自分がどこで何を言ったか」を記憶し ておかなければいけません。たくさんの案件(注 5)を同時進行で動かしていると、自分が どのような基準で、どう判断したかを記憶することは、すごく大変な作業になります。
ただ正直ということを最優先していれば、忘れてしまっている案件でも、ほぼ同じ 決断に辿り着くことができます。まわりに合わせて自分にウソをついていたりすると、ま ったく逆のことを言ってしまったりして、判断がぶれる(注 6)のです。
61 筆者によると、自分の本当の気持ちを言わないでいるとどうなるか。
自分が本当だと思っていることがわからなくなる。
自分の本当の気持ちを常に隠すようになる。
他人と自分の気持ちの区別がつきにくくなる。
他人との関係がうまくいかなくなる。
62「記憶のコスト」が低くなるとはどういうことか。
判断の基準を覚えていなくても、その場の空気に合わせて判断ができる。
判断の基準だけ覚えていれば、正しい決断ができる。
自分が言ったことを覚えていなくても、同じ決断ができる。
正直に話したことだけを思い出せば、同じ決断ができる。
(4)
以下は、いい写真を撮りたいと思っている人に向けて書かれた文章である。
ポートフォリオ(注 1)を作ることには大きく二つの意味がある。まず自分のため、そし てもう一つは他者に見せる(プレゼンテーションする)ためだ。写真を撮り続けるうちに、 だんだん自分が何をしようとしているのかが見えてくる。被写体 (注 2 )について漠然 ば く ぜ ん ( 注3 ) とした認識 (注 4)しか持てなかったのが、はっきりと焦点が絞られてきて、このやり方でい いのだという自信が芽生 め ば えてくる。そうなったらポートフォリオを作ってみるといい。
よく「形にしてみないとわからない」というが、これは本当だと思う。作品をまとめる ことで、 自信が確信に変わることがよくあるからだ。逆にポートフォリオにしてみると、自 分の写真の弱点もよく見えてくる。撮影中には見過ごしていた(注 5)ことが、後で冷静に 見直すとくっきりと浮かび上がってくるのだ。欠けていたものを修整 (注 6)することで、作 品をさらによくすることができるだろう。
他人に見せるというのも大事なことだ。写真をどこかで発表したいとか、写真家と して仕事をしたいという人は当然だが 、そこまで考えていなくてもポートフォリオを人に 見せるのはとても有意義だと思う。自分の作品がどれくらいのレベルにあるのか 、どの 程度のインパクトを持っているのか客観的に判断するきっかけになるからだ。
(中略)
作品は他者にきちんと届いて初めて価値を持つ。自己完結した(注 7)小さな世界が、 受け手とのキャッチボールでより大きなものになっていく。その第一歩としてポートフォリ オを誰かに見せてみよう。
63 筆者によると、いつポートフォリオを作ってみるのがいいか。
自分の写真を他人に見てもらって、自信を持ちたいと思ったとき。
自分の撮りたい写真が明確になって、自信がついてきたとき。
対象をさまざまな捉え方で撮れるようになったとき。
いい写真が撮れて、人に見せたいと思ったとき。
64 筆者によると、ポートフォリオを他人に見せるといいのはなぜか。
自分が写真家になれるレベルかどうかがわかるから。
作品を他人が正しく理解したかどうかがわかるから。
作品の欠点がわかり、新しい撮り方ができるから。
作品に対する他人の評価を知ることができるから。
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